【楽曲分析】転拍子の楽曲の効果

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転拍子とは何か

楽曲には必ず拍子というものがある。拍子とはリズムの軸というかまとまりのようなもの。日本で耳にする楽曲の9割強は4分の4拍子であるからして、多くの場合は意識されないというのも事実である。

小学校や中学校の音楽で習ったことを覚えていれば、拍子というのは、1小節中にどれだけの音符が入るかということであるとわかるかもしれない。4分の4拍子というのは、1小節中に4分音符が4つ入るという意味であり、もっと感覚的に伝えれば、4分の4拍子の曲は「ワン、ツー、スリー、フォー」という風にリズムをとって安定する。拍子がよくわからない人は今テキトーに曲を流してやってみてみるといい。

今回伝えたいのは、この拍子というものを効果的に利用した楽曲のことだ。特に「転拍子」について扱いたい。

普通拍子というのは一曲を通して変わることはない。4分の4拍子の曲なら、最初から最後まで「ワン、ツー、スリー、フォー」で綺麗にリズムがとれる。しかし稀に、楽曲の中で拍子が変わる曲が存在する。この楽曲の途中で拍子が変わることを、ここでは「転拍子」と呼ぶ。ここからは具体的な楽曲の分析を通して、転拍子とは何かを体感してもらい、その効果について考察していく。是非お手元に別途音楽を検索・再生できる機器をご用意いただくか、別窓でブラウジングしていただきたい。

リズムを食うための転拍子

まず、日本の音楽において最もオーソドックスであろう転拍子の手法を見てみよう。ゆずのヒットナンバー『夏色』を聴いていただきたい。

楽曲のAメロ終わり42秒付近に注目していただきたい。イントロから「そうだ君に見せたいものがあるんだ」までは4分の4拍子であるが、「大きな五時半の夕焼け」の地点で一瞬それが崩れる。「子供のころと同じように」以降は「こも」の「ど」に1拍目を持ってくれば4拍子でリズムがとれる。

では、「大きな五時半の夕焼け」の部分で何が起こっているのかというと、最初に2拍子が挿入されているのである。「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー」と拍をとれば安定することを確認していただきたい。この最初の「ワン、ツー」が2拍子の挿入を意味している。

ではこの2拍子の挿入が一体どんな機能を持っているのか、という話だが、これはリズムの”食い”と呼ばれる現象を引き起こしている。つまり、新しく2拍子を挿入しているというよりは、本来4拍子であったところの、後半二つが、後続の4拍子に侵されているという感覚の方が直感的には正しい。このようにリズムを”食う”ことで展開の勢いが表現され、明るい(メジャー系)Aメロから暗めの(マイナー系)Bメロに移動しても疾走感が保たれている。

また、このリズムの侵食は楽曲の歌詞とも絶妙にマッチしている。「君に見せたいものがある」という歌詞の直後に「大きな五時半の夕焼け」とくるから、この夕焼けが見せたいものということであろうが、リズムが食っていることで、”早く見せたい”という心象が演出されていると受け取ることもできる。また、「夕焼け」が沈む前に早く見せたいから、リズムが食っているとも取れる。

蛇足だが、「5時半の夕焼け」がリズムを食わないと沈んでしまう(=見せられなくなってしまう)ということから、この曲が『”夏”色』というには不自然な季節感であることを示唆する(そもそも真夏で5時半に日が沈むというのもおかしい)。事実この楽曲は冬に制作された楽曲であり、そのせいでこのような矛盾した季節感を内包しているんだ、と納得できる。

このようなリズムを食うための転拍子は、十分多くあるわけではないものの、転拍子としては最もポピュラーであろうと推測できる。中学高校の合唱曲の定番である『あなたへー旅立ちに送るメッセージー』においても、ラスサビでは2拍子の挿入が行われ、最後のサビの勢いを加熱させ、情熱的な心情が効果的に表現されている。

一方、リズムを食うのとは逆に、”空白”を演出させるために2拍子の挿入が行われる場合もある。クリープハイプ初期の名曲『おやすみ泣き声、さよなら歌姫』のラスサビ後(3分28秒付近)では2拍子の挿入が逆シンバルの音と組み合わされて行われており、これによって聴き手は一瞬楽曲に取り残されたような感覚になる(個人差があります)。この演出も楽曲の歌詞に実にマッチしていてとても効果的に転拍子が用いられている一例といえる。

丸々Bメロを転拍子する

前節ではあくまで楽曲の一部で2拍子を挿入するという転拍子を見たが、今度は一気にスケールを上げてBメロが丸々別の拍子に移り変わるという楽曲を見ていく。このタイプの転拍子はアニソンでよくみられる手法であり、ここでも2曲のアニソンを取り上げたい。

まずはアニメ『この素晴らしい世界に祝福を!』の第1期のオープニングテーマである『fantastic dreamer』(Machico)を。Aメロ終了後の45秒付近からの数秒間ががっつり4分の3拍子になっている。つまり、「ワン、ツー、スリー、フォー」でリズムをとれたところから、「ワン、ツー、スリー」でリズムをとるところへ移動しているのだ。様々な技巧によって拍子が変わっている不快感は解消されており、そこも特筆すべき点ではあるのだが、今回はあくまで転拍子そのものの機能についての紹介に留めるとしたい。

そもそも4分の3拍子は、一般的にはワルツに用いられる拍子で、「ズン、チャッ、チャー」という感じでリズムをとると、その感覚がつかめると思う。ここがキーポイントで、この『fantastic dreamer』において最初に転拍子が行われる地点の歌詞は「弾むリズムfor life 繋がってくんだ」となっており、4分の3拍子によって歌詞の「弾むリズム」が表現されているということを感じ取れる。また、異国のリズムである4分の3拍子を用いることで、アニメのテーマである”異世界転生”も表現され、さらにそれが「繋がってくんだ」という風に4拍子へ解決していくことは、アニメ・楽曲全体の一つの大きなテーマというかメッセージとして受け取れなくもない。是非あなたも楽曲を通して聴いてみて、考察してみてほしい。

次はアニメ『干物妹!うまるちゃん』(第1期)のオープニングテーマ『かくしん的☆めたまるふぉ~ぜっ!』(土間うまる(CV:田中あいみ))を聴いていただきたい。アニメを見ない人にはなかなか酷な時間になるかもしれない(笑)。この楽曲もAメロ終了後40秒から50秒までが4分の3拍子に変わっている。Bメロの前半が丸々別の拍子に変わっているわけで、かなり思い切った転拍子になっている。

この転拍子はアニメの世界観、とくに主人公のうまるのキャラクターにフォーカスしたものとなっており、家でのぐうたらな一面と外での完璧な一面の対比が転拍子を用いて表されている。特に1番のBメロは転拍子中の伴奏も弦楽四重奏を思わせる優雅なものとなっており、4分の3拍子とも相まって、八方美人(本来の意味)なうまるのキャラクターが見事に演出されている。

アニソンでこのような転拍子が特徴的に表れる原因として考えられるのは、アニソンのそもそもの土壌にあるだろう。アニソンとは基本は1分30秒に展開のすべてを納めなければならず、そして、そこにありったけのキャッチ―とインパクトを表現する必要がある。アニソンに転調が過剰に見られるのもこのような土壌が起因しているといえる。転拍子もしかりである。

先ほど技巧により”転拍子の不快感”は解消されているとは言ったが、やはり直感的な”転拍子の違和感”は拭い去れない。この違和感を、キャッチ―というかフックとして使っているのである。また、この不快感は結局、4拍子へ解決することで、ある種のカタルシスとなるのである。Bメロに転拍子が現れているのも、サビの高揚感を高めるための機能であると解釈できる。このような不快感や不安感の解決として転拍子を使う、というのは、”装飾としての転拍子”に通ずるところがあり、Official髭男dismの新曲『アポトーシス』では、曲冒頭部分は拍子がよくわからないフレーズからスタートし、”いきなり”Aメロの歌唱が始まる。Aメロが4拍子であることとボーカル藤原の透き通る美声も相まって、”解決”したというカタルシスが演出されている。

最後に個人的に感動した転拍子を2曲紹介したい。

『ウラオモテ・フォーチュン』の転拍子について

1曲目はアニメ『月刊少女野崎くん』のエンディングテーマ『ウラオモテ・フォーチュン』(佐倉千代(CV:小澤亜李))を紹介する。

2014年のアニメではあるものの、今更ながらつい先日初めて見て、そこでこの楽曲にドハマりすることになるのだが(当初は普通にノリのいい曲だな~とか、歌詞が可愛いな~とかしか思ってなかった)、ずっとイントロとアウトロ部分に不自然に挟まる2拍子の存在意義がよくわからなかった。楽曲冒頭9秒辺り、「本当の本当の…」という歌詞の直前にスネアの音とともに挿入される2拍子や、18秒付近イントロ末尾にピコピコ音とともに挿入される2拍子が謎だった。アニソンの税金としてキャッチ―を演出するために無理やり挿入したとも取れなくはない。

というのも、2拍子の挿入は前述したとおりリズムを食うためにあり、勢いの演出であったり空白の演出であったりするわけで、その演出自体も、それ自身だけで存在するのではなく、歌詞の文脈と整合しているからこそ許されるはずだった。ともすれば、歌詞の文脈が十分理解されていないイントロで2拍子の挿入を行うのはおかしいことになる。いったんこの2拍子が気になりだすと、気になってしょうがなくなってしまった。

しかし、何の根拠もなく特別な機能が持ち出されることはない。

ここからは私個人の見解である。このイントロ・アウトロの2拍子の挿入は、”タイトルの伏線回収”なのではないか。タイトルの『ウラオモテ・フォーチュン』とは、イントロ冒頭・サビで出てくる歌詞でもわかる通り、好きなのか嫌いなのかはっきりわからない複雑な恋心を”ウラオモテ”と表現しているわけで、フォーチュン(占い)ということから、さながら花占いの「好き、嫌い、好き、嫌い…」というアレを想起させる。実際アニメでも、主人公佐倉千代が勇気を出せないシーンや、思い人である野崎が一体何を考えているのかわからず振り回されるという描写が多々見られる。

件の2拍子の挿入は、この「どっちなのかわからない」ということを演出しているのではないか。つまり、転拍子をすることで拍子の”裏表”もわからなくなるように機能していると考えられるということだ。もしこの機能のために転拍子しているとすれば、イントロで転拍子してもおかしくはない。なぜならタイトルで”ウラオモテ・フォーチュン”とコンテクストは準備されているからだ。

もしくは”フォーチュン”の方に注目すると別に解釈できるかもしれない。楽曲を通して、「(嫌いの)反対の反対の反対の…」というキャッチ―なリフレインが歌唱されるが、この「反対の」の回数は必ず奇数回に設定されている。奇数回ということは結局「嫌いの反対=好き」ということなのだが、もし花占いのようなフォーチュンだとすると、都合よくいつでも「好き」という結果が出るわけではないはずだ。ともすれば、「好き」という結果が出た時点で、占いを能動的に中断しているのではないか、そして、その不自然な中断として2拍子の挿入が機能しているのでないか、というのは、アニメにハマってしまったオタクの妄想が過ぎるか。

というかこの楽曲には、楽曲を歌唱する声優、小澤亜李さんと、プロデュースしたコンポーザー、ヒゲドライバーさんがこの楽曲の発表の5年後に結婚なさっているという、激エモ展開が隠れており、それだけでもご飯3杯いけるというのに、こんな妄想が捗る転拍子もあるのだから、名曲でなくてなんというかというところである。

『乙女のKANJOU』の転拍子について

最後は、私の最も愛するアーティストSAKANAMONの『乙女のKANJOU』の転拍子について簡潔に述べて終わりとする。

タイトルの「KANJOU」は「感情」と「勘定」の掛け言葉になっており、楽曲のモチーフは、日本の昔ながらのギャンブル「チンチロリン」である。そして、楽曲の拍子はさいころの出目に合わせて1小節ごとに目まぐるしく転拍子している。

もう一度言う。1小節ごとに転拍子している

イントロから楽曲を通して「四五六(シゴロ)」という歌詞とともに登場するリフは、1小節ごとに4拍子→5拍子→6拍子→4拍子→…と転拍子している。また途中の「一二三(ヒフミ)」という歌詞のパートでは3拍子になっており、さらに楽曲後半には「シゴロっぽいヒフミ」という、転拍子のリフを3拍子で再現するという、もうよくわからない技巧が詰め込まれている。

楽曲最後は「どれが本音?どれが役目?」という歌詞に沿って、バンドアンサンブル全体がリズムを一定に刻むことで拍子が全く分からないようになっている。

ここまで目まぐるしく転拍子する楽曲はそうそうない。さらに、ライブでは、ある一部分が本当にさいころの出目のようにフィーリングで転拍子する演出があり、演奏力の高さも感じられる。まだまだ日本のロックミュージックは、ロックミュージックとして尖っていけるなと期待せずにはいられない名曲である。

ぜひ皆さんも拍子やリズムの理論にも着目しながら音楽を楽しんでみては?

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