消極的に愛するということ

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教室の中。

そしてさらに言えばそれが1学期の終わりなんだと、温度も風景も知覚できないながらに、空間に漂う独特の寂しさと忙しなさで何となくわかった。

私も机の中をせっせと片付けていた。確か一番廊下側の席だったと思う。

教室後ろのコートを掛けるために取り付けられたフックにも、多くの学生が様々な物体をその場しのぎしてしまうので、学期末のような今日の日には、また随分とそこは賑やかになる。

ああこの教室は小学校だったか中学校だったか。

そんなことを考えていると、誰かに声を掛けられる。テニス部の男子だ。軟式なのか硬式なのか、いやもはや名前すら時間をかけないと思い出せないその青年が、私に声をかける。

彼が高校時代の友人であると気づいたことは、私が体感するこの教室の情景が私の夢の中の話であると気づいたことと同時であった。

ああ、これは夢だ。

青年といくらか話すと、わらわらと同世代が集まる。この懐かしい感覚に少しくすぐったくなり、少しうんざりした。

廊下から声が聞こえる。

廊下にあの人の姿がある。なぜだかわからないけれど赤い着物を着ている。所謂晴れ着を纏っている。

廊下へ飛び出さない理由はなかった。あの人を抱きしめない理由はなかった。

夢の中だと、もうわかっていたから。

だがあの人は私と言葉を交わすことなく、私がそれまで居た教室の隣の教室へ戻っていった。

私が教室に戻るころにはそこはもうがらんどうになっていて、きっと現実世界の肉体も同調しているのだろうと思うほどにリアリティのあるため息が、私から自然と出た。

「つまらない。すべてが」

これが唯一夢の中で私が発した言葉だったが、「わかるよ」と後ろにいたふくよかな少女が答え、お前になどわかってたまるか、と私はさらに不貞腐れた。そういえばこの少女とは人生のどこで会ったのだっけ。

なんとなくこの空間から逃げ出したくなって、私はそそくさと扉の外へ行き、例の隣の教室を未練たらしく覗いたのちに、独りで帰ることになる。

目覚める。

現実である。

中学生でも高校生でもない。もう20になった。

学期末の教室ではない。寂しく狭いだけのワンルームだ。

壁を隔てた空間にもあの人はいない。あの人はもう恋人ではない。

高校時代から付き合っていた彼女と、別れた。こう言うとやけに俗っぽくてありきたりで薄っぺらいが、もしかすると真実なのかもしれないなと、起き抜けの私はいささかシニカルであった。もう少し状況を説明すると、高校卒業と同時に、我々二人は故郷を去ることになり、つまるところ、”遠距離恋愛”という境遇に立つこととなった。私は東京で、彼女は九州。嫌じゃなかったわけではないし、ずっと隣にいてほしいというのが本心ではあったが、私は常に楽観的であった。別れ話をしに、九州へ向かった時でさえ。

何も嫌いになったから別れたわけではない。会えないのが辛い、というのも僅かに理由としてはあるが、それも的を射てはいない。正しい理由を述べるなら、好きである理由がないことに気づいてしまったから、である。

私たちの恋愛は、まさにユングのいった”ペルソナ(仮面)”であった。付き合い始めたのは高校1年生の時で、同じクラスだった。私たちは二人ともクラスの中心にいるタイプだった。二人きりで話すことこそ滅多になかったが、何となくよくつるむ連中の中にはこの二人がお似合いであるという雰囲気が漂っていた。その雰囲気に気づき始めたときに、我々の恋愛、もといペルソナは機能し始めたのであろう。即ち、我々は”お似合いのお二人さん”を演じ始めたのである。最終的には”告白”によって互いの関係を”恋人同士”とするに至るが、それもまた演目の一つに過ぎず、それから卒業に至るまで、いくつもの演目をこなし、ペルソナはより洗練され卓越し美しさを得た。

本当に彼女に尽くした高校時代だったと思う。運動部だったし進学校だったから時間的にはそれほどではないのかもしれないけど、体感ではそう思っている。いつだって彼女といたような気がするし、いつだって彼女のことが頭にあったような気がするし、いつだって想起される思い出は二人の思い出だ。

それでも、それが仮面を被った男女の演劇でしかなかったと、そう考えざるを得ない。少なくとも、彼女の方はそうであるはずだ。そうでないと、終わり方を説明できない。

高校を卒業して暫く経つまでは、特段何も変わることはなかった。遠距離恋愛としては上々の出だしだったはずだ。しかし時間が経つに連れ、というよくある話だ。

距離が離れて1年が経とうという頃には、すっかり二人の関係性は荒んでいて、もう別れる寸前で、ただ単に納得のいく着地点、いわば終わらせ方を模索している段階に入っていた。そうなってしまった理由は簡単だ。高校を卒業して、得た新天地、同時に私たち二人は、”観客”を失ったのである。我々の仲睦まじい姿を見せる相手がいなくなってしまった。我々は我々の関係性を投影する対象を完全に見失った。

高校時代は常に被っていた仮面も、その時には二人で電話する時にくらいにしか使わなくなり、すっかり錆び付いていてしまって、だからこそ、仮面を脱いだ”ありのまま”の自分で、もう一度愛し直す必要があると、お互いに気づいていた。気づいているから考えたし、愛そうと努力した。その結果わかってしまったのだ。好きである理由がないことに。

それほど私たちの高校時代は私たちにとって重大だったわけだし、当時愛していなかったわけでもない。確かにあの時の二人は本気で愛し合っていたと思うし、それがペルソナの機能であれ、悪いことではない。ただ、それが余りにも我々の恋愛そのものと深く結びついてしまったという、それだけだ。

事実、彼女に一度はっきりと言われたことだってある。あなたが好きなのではなく、友人や互いの親のために付き合っているだけのような気がする、と。

しかし、問題の本質は、好きである理由を見失ったこと、それそのものでもなかった。

だからこそ、すぐに別れられなかったし、関係を絶つという決断もできなかった。私たちは愛する理由を見失ったが、これから真なる愛する理由を見つけ出すであろうという可能性を見失ってはいなかったし、見捨てることができなかった。まるでその可能性を裏打ちするような幸せに溢れた3年間だったから。

消極的に愛すること。

それが二人の選んだ終着駅だった。好きである理由を見つけるまでは付き合っている理由もない。だけれど、好きである理由を見つけたいし、見つけたときにまた隣に居れるようにしたい。そうして、回送列車となった二人の恋は行き先もなくまた走り始めることとなった。

夢から覚めた朝に戻る。

あの多分にメタフォリカルな夢の後、胸の内に残った浅ましい未練と堪えようのない寂寞に気づくとともに、消極的に愛することは、積極的に愛さないことなんだと、唐突に知る。

私たちは、いや、私は、高校時代の”お似合いの二人”というペルソナを失い、ついには”恋人”というペルソナも捨ててしまった。もう私の中に”恋人”という役はないし、それを演じてもいけない。それは、”恋人”を想起させるような情動や言動全てとの決別であり、積極的な”恋人”の回避と同値である。

積極的に愛さなくてもいいように(don’t have to love actively)、消極的に愛することを選んだはずが、それが積極的に愛さない(don’t love actively)選択であったと、己の姑息さを呪った。これでは結局二人の関係は絶たれるだけだから。

人間とはどこまでも無力で、いつまでも社会性の檻から解放されえない。最後まで私たちは”二人一緒”になることはできないのか。

なんて虚しい。

なんて愛しい。

なんて醜い。

こんなものを書いている自分がどうしようもなく情けないのに、どうしてもその愚かさから卒業できない。余りにも醜悪な欲望で、高潔な青春を汚す罪深さに自覚していながら、どうしてもその醜さを払拭できない。

一体いつまで我々はこの青春時代の亡霊から逃げ続ければいいのだろうか。

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