みんな大好きパラドックス

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知ってると話の種になる教養

話の種になるってことはないか。とりあえず今回は所謂「パラドックス」なるものをいくつかピックアップして噛み砕きながらもその概要を説明していきましょう。パラドックスとは即ち矛盾のこと。正しそうな議論から偽であるような結論が導かれることです。議論に誤りがあったり、実は結論が偽ではなかったり、パラドックスがどのように解決されるかはケースバイケースで、中には解決できていないものもあります。

一応信頼できるソースによって書いていきますが、「雑」学程度の気持ちで見てくれるとちょうどいいレベルだと思います。間違いがあっても許してください。

無限ホテルのパラドックス

まずはこちらから。「(ヒルベルト)の無限ホテルのパラドックス」。今回の記事を書こうと思ったのも、こちらの内容がTLに流れてきたからなのですが、数学が好きな自分としては、これを頭に持ってきたかったといった感じです。

数学者デイビット・ヒルベルトが「無限という概念の理解しがたさ」を説明するために用いたこのパラドックスは、部屋数が無限個(厳密には加算無限個)あるという奇妙なホテルの存在を認めることから始まります。

ある日、その無限ホテルは満室となりました。無限個の部屋が無限人の客でぴったり埋まっています。そんな無限ホテルへ一人のビジネスマンが訪れます。泊るところを探しているという旨をフロントマンに伝えると、なんとそのフロントマンは今すぐ部屋を用意できるという。彼は既に泊まっている客たちに部屋を移ってもらうよう手配します。1号室の客は2号室へ、2号室の客は3号室へ、3号室の客は4号室へ…n号室の客はn+1号室へ…といった具合に。すると、全ての客が部屋を移った後には、1号室が空いています。ここへ先ほどのビジネスマンを案内し、フロントマンは一仕事を終えます。

ビジネスマンを部屋に案内した10分後、今度はこの無限ホテルへ一台のバスが到着しました。なんとそのバスには無限人の乗客が乗っていました。しかしご安心を。今度もフロントマンは既に泊まっている客に部屋を移ってもらいます。1号室の客は2号室へ、2号室の客は4号室へ、3号室の客は6号室へ…n号室の客は2n号室へ…といった具合に。すると、全ての客が部屋を移った後には、奇数番号の部屋は全て空いています。言わずもがな奇数も無限個あるので、先ほどの無限人のバスの乗客には一人残らず部屋が当たるというわけです。

さあバスの乗客へ部屋を割り当てた後には最後の大仕事が待っています。今度は列車がやってきました。それもただの列車ではありません。一つの車両には無限人の乗客が乗っており、さらにその車両が無限個あります。そうですねえ、無限列車とでも名付けましょうか。フロントマンはこの乗客全員に部屋を割り当てられるでしょうか。ぜひ考えてみてください。記事の最後に答えを紹介しましょう。

以上のように、満室だったはずのホテルに、さらにもう一人の客を泊めることができるというところにパラドックスが生じているわけです。勿論上の議論に間違いはありません。この矛盾が生じている原因は、本来存在しようのない無限個の部屋を持つホテルを我々が生きる現実世界に想定しているところにあります。無限という概念は現実世界での経験とは矛盾してしまう性質をいくらか持っているということですね。その概念のおかげで数学や物理は進歩して我々の現実世界で欠かせない科学技術にも応用されているわけですから実に奥ゆかしいものです。

フェルミパラドックス

次はフェルミパラドックス。「宇宙人が存在するか否か」という議論に関するパラドックスです。

イタリアの物理学者エンリコ・フェルミは、彼が考えたフェルミ推定という手法によって、知的生命体が存在しうる惑星が宇宙にどれだけあるかを概算します。

フェルミ推定とは、「部分」の情報をそのまま「全体」へ拡張していくといった推定法です。例えば、北海道には3000個コンビニがあるから、全国にはその47倍コンビニがあるだろうとか、面積に注目して、北海道は国土の22%を占めるから、3000の5倍の15000個コンビニがあるだろう、といった風に推定する手法です。(実際には53000個あります)

フェルミは地球が位置する天の川銀河の中だけでも知的生命体がいるであろう惑星は、100万個はあるだろうという結論に至りました。しかもこれは、かなり少なく見積もった値です。さらにこれは知的生命体が存在できる惑星の数ではありません。知的生命体が既に存在しているであろう惑星の数です。

しかしながら、なぜか宇宙人の存在はここ半世紀以上、その痕跡すら見えません。

いるはずの宇宙人がいない、というのがこのフェルミパラドックスです。誰しもが一度は宇宙人の存在について考えたことがあるでしょう。UFOを見たなどという話はあほらしいものですが、宇宙人がこのとてつもなく広い広い宇宙にいてもおかしくはない、そう思っている人は少なくないでしょう。むしろ多くの人にとって、この宇宙に我々しか生命が存在しないということの方が理解しがたいことなのではないでしょうか。

その直感にアカデミックな手法でアプローチしたのがフェルミなわけですが、やはり我々の予想通り宇宙には宇宙人がいるはずなようです。ではなぜ、我々は宇宙人に出会えないのか?この矛盾を完璧に解決することはまだ人類にできません。宇宙にはまだまだ謎がたくさんありますから。この矛盾の原因は何なのか未だはっきりはわかりませんが、最も有力な学説をここで紹介しましょう。グレートフィルターというものです。

グレートフィルターとは知的文明が必ず衝突する壁のことです。文明が進歩し、宇宙へと羽ばたいてく過程にその壁があります。恒星系外にある文明と交信するだけの技術を持った文明へ進歩しようとするとその壁が立ちはだかります。そして、その壁を超えることはできない。200年生きた人間がいないように、どんな文明もその壁を超えることはできない。「宇宙人」と交信(観測)できるような技術を手に入れる前にどんな文明も例外なく滅ぶというわけです。原因はわからない。天変地異か、核戦争か、AIの反乱か、さっぱりわかりませんが、少なくとも我々地球人と交信できるような知的文明はこの銀河にはない、それだけが事実です。

つまり、我々の技術は太陽系外の文明を捉えるほど正確な観測も通信も不可能で、我々以外の知的生命体もそうだということ、そして、我々も含めそんな文明は、交わる前に一つ残らず滅ぶ。だから宇宙人の存在が確認できない、という考え方です。

まあ、楽観的に考えることもできます。既にグレートフィルターは我々の後方にあると考えることもできますから。長い宇宙の歴史の中で、初めてグレートフィルターを超えたのが我々人類というわけです。その壁がどこにあったのか。そもそも生命の誕生が壁だったのか、知性の獲得が壁だったのか、惑星の重力を振り切ることが壁だったのか、さっぱりわかりませんが、少なくとも我々地球人と交信できるような知的文明はこの銀河にはない、それだけが事実です。

テセウスの船

この「テセウスの船」はパラドックスというよりジレンマといった方が適切なのかもしれませんが、まあその辺はどうでもいいでしょう。しばらく前にこれをタイトルにした映画だったかドラマがありましたよね。

船のある部分が壊れてしまった。そこで、その部分を新しい部品に置き換えた。その後も度々故障があったが、その度に新しい部品に置き換えた。しばらくして、ついにこの船には元々あった部品は一つもなくなってしまった。この船は元の船と同じか別物か。

これを読んで、「別物だろ」と思った人も多くいるでしょう。では、我々の肉体のことを考えてください。人間の身体は細胞でできています。その細胞は部位によって早い遅いはありますが日々古いものが新しいものに移り変わっています。大体15歳になるくらいで、生まれた時の細胞は一つ残らず新しいものに変わります。さて、15歳以上のあなたは、生まれた時のあなたとは別人ですか?

爪を切れば、さっきまで「あなた」だった爪は、途端にただの「爪」になる。さっきまで爪が長かった「あなた」は、爪を切りそろえた「あなた」になるだけです。いったいどこからが「あなた」でどこまで分離させても「あなた」でいられるのでしょうか。

つまり、全体を構成する部分がどのように全体の構築に影響しているか、というところに切り込んだのが、このテセウスの船です。そしてこのパラドックスの原因は、部分の単なる集合体が全体ではないというところにあります。部分の集合体が、部分の単なる総和とは異なる性質を持つ、という理は「創発(emergence)」と呼ばれ、まだまだ科学では未解明の分野になります。つまりこれはまだ未解決のパラドックスということですね。この部品がすべて新しいものになった船を、元と同じか別物かは特定できない、ということです。この「創発」については、私はめちゃめちゃ興味ありまして、これだけで一記事書けるくらいですので、まあ、詳しく扱うのはまた今度にしましょう。

矛盾を見つける

今回はここまでにしましょう。パラドックスは考えると頭が痛くなりますし、そもそもなんでそんなこと考えなきゃいかんのだ、という気にもなりますが、そう悪いもんでもないでしょう。探してみれば世の中矛盾であふれかえっています。矛盾とは世界の隙間です。それは埋めなければいけないひび割れかもしれないし、新たな素晴らしい世界へ続く抜け穴かもしれない。ひび割れを埋めるにも、抜け穴をこじ開けるにも、我々には道具がいる。知性という道具が。矛盾の原因は何なのか。どうやって解決できるのか。これまで人類が挑戦してきたパラドックスは枚挙に暇がありません。それらはきっと我々に豊かな示唆を与えてくれることでしょう。こうして理不尽を恨む愚者から、矛盾へ立ち向かう賢者へと一歩を踏み出すことができる、のかもしれません。

あ、忘れかけていましたが、「無限ホテルのパラドックス~無限列車編~」の答え合わせをしましょう。

既に満室の部屋数無限のホテルへ、無限人の乗客を収容する無限個の車両を持つ列車がやってきた、さてこの乗客はこのホテルに泊まれるか、という話でした。

結論泊まれます。まず既に泊まっている人たちを移動させましょう。1号室の客は2号室へ、2号室の客は4号室へ、3号室の客は8号室へ…n号室の客は2のn乗号室へ…といった具合に。さあここからは乗客をホテルへ案内します。1両目の乗客には、3の1乗号室、3の2乗号室、3の3乗号室…3のn乗号室を割り振りましょう。2両目の乗客には、5の1乗号室、5の2乗号室、5の3乗号室…5のn乗号室を割り振りましょう。つまりm両目の乗客には、m番目の奇素数の自然数乗の部屋を割り当ててあげるのです。自然数は無限にありますからそれぞれの車両の無限人の乗客全員に部屋が当たり、奇素数も無限にありますから、無限個あるどの車両の乗客も部屋が当たるというわけです。(a両目のb番目の乗客にa番目の奇素数のb乗号室を割り当てる)

ちょっと数学っぽくて嫌になりそうですね。あとこの方法で無限列車を制覇すると、なんといくつかの部屋が余っていることにお気づきでしょうか。例えば1号室や6号室は、この方法では誰も割り振られません。今回無限ホテルのパラドックスで扱った3つのケースの中で最も多くの客を扱っているはずなのに、この最後のケースだけ部屋が余るというのは何とも不思議なものです。

(ちなみにこれは加算無限という種類の無限だからこそ考えられるパラドックスであるのですが、数学をやっていない人からすると、「無限」に種類があるということすら驚きでしょう。この辺も話すと長くなりそうですので今回はやめておきます。)

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